「金づるにしたくない」その正義感が、あなたを破産させる。プロの治療家が深夜2時に捨てるべき、不要なプライド
午前2時43分。
目の前のモニターには、高額セミナーで手に入れた「集客テンプレート」のPDFが開かれている。 マウスを握る僕の手のひらが、じっとりと冷や汗で濡れている。
気持ち悪い。 まるで、自分ではない誰かの手を見ているようだ。
僕の指は、そこから動かない。 コピペのショートカットキー、「Ctrl+C」を押すことを、治療家としての本能が全力で拒絶しているからだ。
「こんなの、僕の言葉じゃない」
画面に並んでいるのは、人間の脳科学に基づき、不安を煽り、行動を強制するために計算し尽くされた、冷徹な文字列の羅列だ。 確かに、これをそのままブログに貼り付ければ、客は来るだろう。売上は上がるだろう。
でも、そんなことをしてしまったら。 僕がこれまで大切にしてきた「誠意」や「温かみ」は死んでしまう。
まるで患者さんを、心通う人間としてではなく、単なる数字として処理する冷酷なロボットに成り下がってしまう気がして、吐き気がするのだ。
「自分の言葉で伝えたい」 「下手でもいいから、魂のこもった文章で信頼を得たい」
そう自分に言い訳をして、僕はまたブラウザを閉じ、真っ白なワード画面に向き合う。 そしてまた、一行も書けないまま、時間だけが、僕の命だけが、静かに削られていく。
美しい。本当に美しい光景だ。 職人としての矜持を守り、泥臭くあがく、実直な治療家の姿。 誰が見ても、賞賛するだろう。「先生は素晴らしい」「真面目だ」「信頼できる」と。
……嘘だ。 誰も賞賛なんてしない。 深夜のオフィスで、カフェインで無理やり脳を叩き起こし、充血した目で画面を睨みつけている今の僕を、鏡で見てみればいい。
そこに映っているのは「誠実な治療家」ではない。 プライドという名のゴミを抱えて溺れかけている、ただの「要領の悪い中年男」だ。
僕たちが必死に守ろうとしている「誠意」とは、一体何だ?
自分の言葉にこだわるあまり、睡眠時間を削り、翌日の施術中にあくびを噛み殺すことか? 「何を書こう」と悩みすぎて、家族との団欒中に心ここにあらずになることか? そして何より、「自分が倒れたら終わり」という時限爆弾から目を背け続けることか?
想像してみてほしい。 もし明日、僕が過労で倒れたら。
通勤途中の駅の階段で、あるいは施術中に、プツンと意識が途切れたら。 僕がこだわって書き上げた「誠意あるオリジナル文章」は、僕の代わりに施術をしてくれるわけじゃない。 僕の代わりに、テナントの家賃を払ってくれるわけじゃない。 僕の代わりに、子供の進学費用を稼いでくれるわけじゃない。
僕が倒れた瞬間、この治療院の収入は「ゼロ」になる。 文字通り、即座に、完全に、ゼロだ。
その時、路頭に迷う家族に向かって、そして行き場を失った患者さんに向かって、僕はICUのベッドの上から胸を張って言えるのだろうか。
「パパはね、最後まで借り物の言葉を使わなかったんだ。偉いだろう?」 「テンプレートを使えば楽に稼げたけど、魂を売りたくなかったんだ。だから院は潰れたけど、仕方ないよね?」
……馬鹿げている。 そんなものは誠意じゃない。ただの「自己満足」だ。 もっと言えば、自分を守るための言い訳に、患者さんを利用しているだけだ。
外科医が「メスは冷たいから使いたくない。温かみのある自分の手刀で手術する」と言い出したら、あなたはどう思う? 狂っていると思うだろう。 メスが冷たくても、鋭くても、それが患者の命を救うために最も効率的で確実な道具なら、迷わず使うのがプロフェッショナルだ。
「テンプレート」も同じだ。 なぜ、その文章が「型」として存在するのか? それは、それが最も患者さんに「伝わる」からだ。
僕たちの下手なオリジナル文章は、患者さんにとっては、目的地にたどり着けない「未舗装の悪路」でしかない。 対して、磨き上げられたテンプレートは、患者さんを迷わずゴール(健康)へと導く「高速道路」だ。
僕は、勝手にテンプレートを「悪」だと決めつけていた。 楽をすることを「罪」だと感じていた。 そうやって苦労している自分に酔うことで、経営者としての責任放棄を正当化していただけなんだ。
画面の中のPDFが、僕を見つめ返している。 そこにある言葉たちは、冷たいロボットの言葉じゃない。 数えきれないほどの失敗と成功の果てに磨き上げられた、僕と、僕の大切な人たちを守るための「生存戦略」だ。
僕の手が震えている。 それは恐怖からではない。 今までしがみついてきた、重くて役に立たない「プライド」という名の錆びついた鎧を、今まさに脱ぎ捨てようとしている、武者震いだ。
ロボットになるのが怖い? 違う。 一番怖いのは、人間らしい感情を持ったまま、経済的に窒息し、野垂れ死ぬことだ。 そして、僕を信じて通ってくれた人たちを、路頭に迷わせることだ。
午前3時。 僕は、マウスに手を伸ばす。 カチッ。
「Ctrl+C」。 そして、祈るように、しかし力強くキーを叩く。 「Ctrl+V」。
画面に貼り付けられたその「借り物の言葉」は、不思議と冷たくはなかった。 それは、荒れ狂う資本主義の海で、僕たちが生き残るために用意された、鋼鉄のシェルターのように見えた。
さあ、始めよう。 「悲劇の職人」という仮面を脱いで、一人の「生存者」として。 綺麗事の時間は、もう終わりだ。