なぜ、あなたの「100点の傑作」は誰にも読まれず、私の「誤字だらけの60点」が予約で埋まるのか?残酷な数字をお見せします。
午前3時15分。
静まり返った治療院のデスク。 あなたの目は充血し、ディスプレイの青白い明かりだけが、その疲れ切った顔を無機質に照らしていることだろう。 右手の人差し指は、マウスの上で凍りついたままだ。
「この表現では、素人には伝わらないかもしれない」 「ここの解剖学的な説明、同業者に見られたら突っ込まれるんじゃないか」 「てにをは、が少しおかしい気がする」
そうやって、書いては消し、書いては消しを繰り返し、気づけば3時間が経過している。 そして結局、あなたは深いため息とともに、そっと「下書き保存」のボタンを押す。
「明日、頭が冴えている時に見直して、完璧にしてから出そう」
そう自分に言い聞かせて。 その「明日」が永遠に来ないことを、本当は心のどこかで知っているのに。
僕には痛いほどわかる。 なぜなら、かつての僕も、その「完璧主義」という名の、美しくも残酷な病に侵されていた一人だったからだ。
私たちは、職人だ。 施術という「聖域」において、妥協は許されない。 頸椎のアジャストメントの角度が1度でも狂えば、それは事故につながる。 筋肉の走行を1ミリでも読み違えれば、痛みは取れない。
私たちは、その「100点以外は0点と同じ」という厳しい世界で生きている。 だからこそ、無意識のうちに、その厳格なルールを「集客」や「情報発信」という、まったく別の競技にまで持ち込んでしまうのだ。
だが、ここで一度、患者さんの視点に立って、残酷な現実を直視してほしい。
あなたが完璧な推敲を重ね、専門用語を辞書で引き直し、構成を練りに練って、月に1本だけ世に出す「100点の傑作ブログ」。 それと、僕が誤字脱字を気にせず、言いたいことを熱量だけで殴り書きして、月に10本世に出す「60点の未完成ブログ」。
どちらが、今まさに痛みに苦しむ患者さんのスマホに届くだろうか? どちらが、来月のテナント料を確実に稼ぎ出すだろうか?
答えは、悔しいことに後者だ。 圧倒的に、後者なのだ。
誤解しないでほしい。僕は「施術の手を抜け」と言っているわけではない。 むしろ逆だ。 あなたは「治療」に100点のエネルギーを注ぐべきだ。だからこそ、「発信」ごときに残りの命を削ってはいけないのだ。
あなたのパソコンの「下書きフォルダ」に眠っている記事は、それがどれほどノーベル賞級の素晴らしい内容であったとしても、世の中にとっては「無」だ。 誰の目にも触れず、誰の痛みも癒やさず、誰の心も動かさない。 「下書き保存」を押した瞬間、あなたは世界から姿を消したのと同じことになる。
一方で、僕の「60点の記事」は、たとえ誤字があろうが、表現が稚拙だろうが、確実に誰かの目に留まる。 「腰が痛い、助けてくれ」と泣いている人に、「ここにいるよ」と手を振ることができる。
私たちは、学会で論文を発表しているのではない。 戦場で、生き残るために泥だらけでビラを配っているのだ。 シワ一つない綺麗なビラを一枚も配れずに死ぬ兵士より、泥だらけでも、誤字があっても、1000枚のビラをばら撒いた兵士の方が、確実に味方(患者)を救い出せる。
そして、もっと恐ろしい話をしよう。
あなたがその「完璧な記事」を仕上げるために削った、睡眠時間と体力の話だ。 あなたは今、自分の命を削って、自己満足という名の芸術作品を作っている。
もし、その疲労が蓄積して、明日あなたが倒れたら?
私たちが倒れた瞬間、収入はゼロになる。 完全に、即座に、ゼロだ。 有給休暇もなければ、傷病手当ても十分にはない。 それが、ひとり治療家という生き方のリアルだ。
そんな薄氷の上を歩いている私たちが、深夜3時まで一円にもならない「推敲」に時間を費やしている。 これは、プロの仕事ではない。 「緩やかな自殺」だ。
患者さんが求めているのは、完璧な日本語を書く作家ではない。 自分の痛みを理解し、取り除いてくれる、人間味のある治療家だ。
誤字があってもいい。 「てにをは」がおかしくてもいい。 「治療には全力ですが、パソコンは苦手なんです」と笑えばいい。
あなたのその不器用な文章から、「なんとかして楽にしてあげたい」という熱量さえ伝われば、人は動く。 むしろ、整いすぎた綺麗な文章よりも、人間臭い「60点」の方が、悩み苦しんでいる人の心には深く刺さることもある。
だから、お願いだ。 自分に許可を出してほしい。 「未完成品を世に出す」という勇気を持ってほしい。
あなたのパソコンの中にある、その「下書き」。 今すぐ、目をつぶって「公開」ボタンを押してみてほしい。
怖いだろうか? 「先生、誤字がありますよ」と指摘されるのが恥ずかしいだろうか?
大丈夫。誰もあなたの文章の粗探しなんてしていない。 みんな、自分の痛みのことしか考えていないのだから。
一番恥ずべきことは、誤字のある文章を出すことではない。 完璧主義というプライドを守るために、未来の患者さんに出会うチャンスを自ら放棄し、いつか力尽きて、愛する家族を路頭に迷わせることだ。
60点でいい。 いや、想いがあるなら40点でも構わない。 泥臭く、不格好に、数を撃て。
あなたが「えいっ」と公開ボタンを押したその数だけ、あなたの院の電話は鳴り響く。 そして、その電話の音だけが、私たちがこの不安定な世界で生き延びるための、唯一の命綱なのだ。