【懺悔】「先生は忙しそうだから...」患者さんにそう言わせた瞬間、あなたの治療院は"見捨てられている"という事実に気づいていますか?

2026/01/16
【強制終了】床から見上げる日常

数年前の、ある深夜のことだ。

カチャカチャという乾いたキーボードの音だけが、暗い部屋に響いていた。 時計の針は、もうすぐ午前3時を指そうとしている。

目は充血し、指先は微かに震えていた。 けれど私は、それを「心地よい疲労感」だと錯覚していた。

モニターの光だけが頼りの暗闇の中で、私は届いた数十件の問い合わせメールに対し、一つひとつ、手動で返信を打ち込んでいた。

テンプレート? 言語道断だ。 コピペ? プロとして許せない。

私の強みは「共感力」と、一人ひとりに寄り添う「個別対応」だと思っていた。 だからこそ、身を削ってでも、その人だけのために紡いだ言葉を返さなければならない。 それが「誠実さ」であり、治療家としての流儀だと信じて疑わなかったのだ。

「これだけ身を粉にして働いているのだから、私の想いは必ず伝わるはずだ」

深夜のハイな脳みそで、私は自分の疲労感に陶酔していた。 自分の時間を犠牲にすればするほど、提供する価値は高まると本気で思っていた。

しかし、限界は突然訪れた。

プツン、と頭の中で何かが切れる音がした。 次の瞬間、立っていられないほどの眩暈に襲われた。過労による高熱だった。

私はそのまま床に倒れ込み、丸3日間、スマホを見ることすらできずに寝込んでしまった。 意識が朦朧とする中で、通知音が鳴り続けていたが、手を伸ばす力さえ残っていなかった。

3日後。 ようやく熱が下がり、泥のように重い体を引きずってデスクに戻った。

「申し訳ないことをした。でも、事情を話せばきっとわかってくれるはずだ」

そんな甘い考えで、恐る恐るたまっていたメールボックスを開いた時。

私はある1通のメールを見て、サーッと血の気が引くのを感じた。

【ためらいの指先】届かないSOS

それは、怒りのクレームでもなければ、事務的な通知でもなかった。 もっと残酷で、静かな、絶望的なメールだった。

私が最も大切にし、長く信頼関係を築けていると思っていた、ある常連の患者さんからだった。

『先生。 実は一昨日、急に腰が動かなくなってしまって…… 先生に相談しようと思ったのですが、最近のSNSを見ていて、あまりにもお忙しそうでしたし、なんだか体調も悪そうだったので、連絡するのを遠慮してしまいました。 今回は近所の整形外科で痛み止めをもらってなんとか凌ぎました。 お体、大事にしてくださいね』

その瞬間。 私は自分の愚かさに、物理的に殴られたような衝撃を受けた。

涙が出た。悔しさではない。 自分のあまりの「傲慢さ」に対する絶望で、涙が止まらなかった。

私は「誠実」であろうとしていた。 自分の手で尽くすことが、愛だと信じていた。 「忙しい」ということは、必要とされている証拠だと誇りに思っていた。

しかし、患者さんから見れば、それは違ったのだ。

私は「頼りになる熱心な先生」などではなかった。 いつ倒れるかわからない、忙しすぎて話しかける隙もない。

「危なっかしくて、気を使わせる、頼りない存在」でしかなかったのだ。

あの方があの夜、激痛に襲われ、脂汗をかいてスマホを握りしめていたその瞬間。 一番頼りにしたかったはずの相手である私は、 「手作業へのこだわり」という自己満足に酔いしれ、勝手に限界を迎え、勝手に意識を失っていたのだ。

「私が動かないと価値がない」 「私の言葉でないと伝わらない」

そんな思い込みは、私の汚いエゴでしかなかった。 そのエゴが、一番助けを求めている瞬間に、患者さんを孤独にさせてしまったのだ。

もしあの時。 私が毛嫌いしていた「自動応答の仕組み」が一つでも動いていれば。

「急な痛みですね、辛いでしょう。まずはこちらの応急処置動画を確認してください。そして、明日の朝一番で状況を教えてください。必ず対応します」

そんなメッセージが、即座に届いていれば。 あの方は、痛みと不安の中で孤独に震えることなく、「先生と繋がっている」という安心感の中で朝を待てたかもしれないのだ。

私の「アナログな温かみへの固執」が、結果として最も冷酷な形で患者さんを突き放したのだ。

【鏡の中の絶望】メールが映し出す真実

先生、あなたに聞きたい。

あなたは今、「患者さんのために」と言って、 すべての業務を自分の手でやろうとしていないだろうか? 「機械に任せるなんて冷たい」と、深夜まで残業して、疲れた顔で翌朝の診療に向かっていないだろうか?

その姿を見て、患者さんは「熱心な先生だ」と感動しているかもしれない。 だが同時に、心のどこかで、こんな風に思っていることに気づいているだろうか?

「先生、いつも疲れてそうだな……。ちょっと気になる症状があるけど、相談するのはやめておこう」 「こんな夜中に連絡したら、迷惑かもしれない」

あなたのその「優しさ」や「こだわり」が、 実は患者さんに「遠慮」という見えない壁を作らせているとしたら?

そして、その遠慮の末に、彼らが他の院へ行ってしまったり、症状を悪化させてしまっているとしたら?

それは、治療家として、あまりにも悲しいすれ違いではないだろうか。

「先生は忙しそうだから」 この言葉は、優しさではない。あなたへの「静かな絶縁状」なのだ。

私が倒れて、身をもって学んだ真実は、残酷だがシンプルだ。

治療院経営において、 「安定してそこに在り続けること」こそが最大の「誠実」である。

あなたが寝込んでいても、家族と旅行していても、 24時間365日、変わらぬテンションで、即座に反応し、手を差し伸べてくれる窓口があること。 それこそが、患者さんにとっての本当の「安心」なのだ。

「私がいないと回らない」 それは職人の誇りではない。経営者の怠慢だ。

あなたが倒れた瞬間、あなたの院の機能は停止する。 その時、「すみません、寝込んでいました」という言い訳は、痛みの中にある人には何の意味も持たない。

あの日、私が失った信頼はもう完全には戻らないかもしれない。

【共存する光】生身の笑顔とデジタルの支え

けれど、あなたはまだ間に合うはずだ。

自分の身体が一つしかないことを認めてほしい。 そして、「自分以外でもできること」を自分だけで抱え込む罪深さに気づいてほしい。

手放すことは、冷たさではない。サボることでもない。 いつでも、どんな時でも、患者さんを受け止めるための、プロとしての覚悟の証なのだから。

今夜、あなたの院の明かりが消えた後。 暗闇の中で、誰かが痛みに耐えかねて、あなたの助けを求めてスマホを握りしめているかもしれない。

その時、画面の向こうで待っているのは、 疲れ果てて眠っている、生身のあなたか。

それとも、あなたの想いを乗せて、 24時間休まず寄り添い続ける「もう一人のあなた(仕組み)」か。

患者さんが本当に求めている「誠実さ」とは何か。 もう一度、胸に手を当てて考えてみてほしい。

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    黒岩倖光(くろいわ ゆきみつ)

    テクノロジーセラピスト
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