あなたの文章は、そこまで高尚ですか? 「借り物の言葉は通用しない」というプライドが、救難信号を出せない"孤独な城"を作っている事実に目を向けてください。

2026/01/18
【沈黙】凍りついた喉と通知の嵐

「所詮は『定型文(テンプレート)』だろう?」 「うちの患者さんには、そんな心がこもっていない『借り物の言葉』は通用しないよ。私の院は特別なんだ」

かつて私は、鼻で笑いながらそう言っていた。 自動返信ツールや、ステップメールの導入を勧めてくるコンサルタントに対して、軽蔑の眼差しすら向けていた。

私は職人だ。 言葉の一つひとつ、呼吸の一つひとつを、その患者さんの今の状態に合わせてチューニングする。 それが「個別化」であり、それが「愛」だと思っていた。

誰にでも当てはまるような、どこかの誰かが書いたようなマニュアル通りの文章を送るなんて、私の美学に反する。

そう信じて疑わなかった私が、その「美学」がいかに脆く、そしていかに残酷なものであるかを知ったのは、 皮肉にも、私自身の「言葉」が物理的に奪われた時だった。

季節の変わり目だったと思う。 朝起きると、喉が焼けるように痛く、声が全く出なかった。 熱を測ると39度を超えている。 インフルエンザだった。

指一本動かすのも億劫なほどの倦怠感。 スマホの画面を見るだけで、眼球の奥がズキズキと痛む。

しかし、私のスマホは容赦なく震え続ける。 「先生、今日の予約、少し遅れます」 「昨日の施術の後から、ちょっと揉み返しが…」 「来週の予約を取りたいのですが」

いつもなら、即座に、その人の顔を思い浮かべながら、気の利いた返信を打っていただろう。 「〇〇さん、無理しないでくださいね」と、絵文字の一つも添えて。

だが、その時の私は、文字通り「機能停止」していた。 フリック入力する親指が、鉛のように動かない。 頭が回らず、適切な言葉が出てこない。

私の頭の中にあったのは、「気の利いた返信」ではなく、ただのパニックだった。

「返さなきゃ。でも、打てない」 「このまま無視したら、どう思われる?」 「でも、中途半端な文章を送って心配させたくない」

私のプライドが、邪魔をした。 「いつもの私」らしい、完璧で温かいメッセージじゃなきゃいけない。 ただの事務的な連絡なんて、送りたくない。

結果、私は何をしたか。

【炎上】閉ざされた城門と置き去りの人々

「既読スルー」だ。

最もやってはいけない、沈黙を選んでしまった。 正確には、選ばざるを得なかった。 準備していなかったからだ。 「私が倒れた時のための、誰でも書けるような定型文」を。

高熱にうなされながら、私は夢を見た。

私が築き上げた立派な城(治療院)が、炎に包まれている。 私は城の塔のてっぺんに閉じ込められている。 外では、患者さんたちが城を見上げている。

「先生、どうしたんだろう?」 「返事がないなんて、何か気に入らないことでもしたかな?」

私は助けを求めたい。 しかし、声を出すことも、合図を送ることもできない。 「私オリジナルの美しい言葉」にこだわるあまり、緊急時の「非常ベル」を設置していなかったからだ。

炎の中で、私は叫ぼうとするが、声が出ない。 ただ、燃え落ちる城と一緒に、信頼が崩れ去っていくのを呆然と見ているしかなかった。

数日後、熱が下がり、震える手でスマホを開いた時の絶望感は、一生忘れないだろう。

数件の予約キャンセル。 そして、常連さんからの短いメッセージ。 「お忙しいようなので、他を当たります」

私は泣いた。 病気になった自分が悔しいのではない。 「定型文=悪」と決めつけ、自分を守るための、そして何より患者さんを安心させるための「命綱」を用意していなかった、自分の傲慢さが悔しかったのだ。

【後悔】灰になった「こだわりの言葉」

もしあの時。 私が馬鹿にしていた「自動応答」が設定されていれば。

『申し訳ありません。現在、院長は体調不良により、すべての返信を停止しております。復帰の目処が立ち次第、このLINEで一斉にお知らせいたします。緊急の場合は、こちらの提携院へご連絡ください』

たったこれだけの、味気ない文章。 「心がこもっていない」と私が唾を吐きかけた、その文章。

しかし、この1通があれば。 患者さんは「ああ、先生は無視しているんじゃないんだ。病気なんだ」と理解できたはずだ。 不安や不信感を抱くことなく、「お大事に」と待っていてくれたはずだ。

【救い】無機質な命綱

先生、あなたに問いたい。

あなたのその「こだわり」は、本当に患者さんのためだろうか? それとも、「自分の理想像」を守るためのものだろうか?

「借り物の言葉は通用しない」 その職人としての矜持は素晴らしい。平時のあなたを輝かせる最大の武器だ。

しかし、緊急時において、患者さんが求めているのは「高尚な文学」ではない。 「事実」と「安心」だ。

あなたが倒れた時、あなたが声を失った時。 「私の言葉」にこだわるあまり、何も伝えないことは、 患者さんを暗闇の中に放置する「沈黙という名の暴力」になる。

プライドを捨ててほしい。 そして、今すぐ「ありきたりな定型文」を用意してほしい。

それは、決して手抜きではない。 それは、いざという時に、あなたに代わって患者さんに 「私はあなたを見捨てていません」 と伝え続けるための、最高のラブレターなのだから。

あの日の私が、喉から手が出るほど欲しかったもの。 それは、私の代わりに「今は動けません」と言ってくれる、無機質なロボットだった。

孤独な城で焼け死ぬ前に。 どうか、あなたの城に「自動のアナウンス」を設置してほしい。

それが、あなたの情熱を守る、最後の砦になるのだから。

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    黒岩倖光(くろいわ ゆきみつ)

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