なぜ、患者さんは忙しい中でスマホを取り出し、わざわざあなたのLINEに登録しなければならないのですか? その答えが言えないなら、今すぐそのPOPを捨ててください
深夜1時過ぎ。 最後のカルテを書き終え、重たいシャッターをガラガラと下ろす。
静まり返った院内で、ひとり、レジの締め作業をするこの時間が、私は昔から苦手だった。
今日の売上は悪くない。 今月の支払いも、まあなんとかなる。
数字を見れば安心できるはずなのに。 ふと、施術で酷使して熱を持った自分の右手首をさすった瞬間、 背筋が凍るような冷たい感覚に襲われることがある。
「もし明日、この手が動かなくなったら?」
腱鞘炎が悪化するかもしれない。 ぎっくり腰で動けなくなるかもしれない。 あるいは、予期せぬ病気で入院することになるかもしれない。
理由はなんだっていい。 確実なのは、私がこの施術ベッドの横に立てなくなった瞬間、 このレジの中身は「ゼロ」になるということだ。
私たちは、それを「職人の誇り」という美しい言葉でコーティングして、見て見ぬふりをしている。 「私の手技を求めて患者さんが来る」 それは素晴らしいことだ。治療家として、これ以上の喜びはない。
けれど、経営者としての視点で見れば、これほど脆(もろ)く、危ういビジネスモデルはない。
自分という人間が、常に動き続け、エネルギーを燃やし続けなければ明かりが消える。 止まることが許されない発電機。 それが、私たちの院の正体だ。
だからこそ、私たちは将来の不安を少しでも和らげようと、何かにすがりたくなる。 「これからはデジタルの時代だ」 「LINEで顧客リストを作らなければ」 どこかのセミナーで聞いたそんな言葉を頼りに、見よう見まねで始めるのだ。
今、あなたの院の受付カウンターに目をやってみてほしい。 一番目立つところに、それが置かれていないだろうか。
「当院の公式LINE始めました。登録お願いします」
そう書かれた、手作りのPOPとQRコード。 もしかしたら、少し埃をかぶっているかもしれない。 最後に誰かがそのコードを読み取ってくれたのは、いつだっただろうか。
はっきり言おう。 かつての私もそうだったから、痛いほど分かる。 だが、そのPOPは、ただの紙切れではない。
それは、あなたの「思考停止」を象徴する記念碑であり、 あなたの老後を「収入ゼロ」の地獄へと誘う、静かなる時限爆弾だ。
あなたは毎日、そのPOPの前を通り過ぎる患者さんの背中を見ながら、心の中で祈っている。 「誰か登録してくれないかな」 「これでリストが集まれば、何かあった時も安心なはずだ」
でも、現実はどうだ。 患者さんは、施術が終われば一刻も早く帰りたい。次の予定があるし、夕食の買い物もしなければならない。 靴を履きながら、あなたのPOPを一瞥もしないことの方が多いだろう。
なぜ、誰も登録しないのか? その理由を、患者さんの立場になって本気で考えたことがあるだろうか。
答えは、残酷なほどシンプルだ。 あなたが、患者さんに「損」をさせているからだ。
想像してみてほしい。 忙しい現代人にとって、スマホを取り出し、カメラを起動し、QRコードを読み込み、登録ボタンを押すという行為は、決して小さくない「手間(コスト)」だ。
そのコストを支払ってまで手に入れたい「価値(ベネフィット)」が、あなたのPOPには提示されていない。
ただ、「登録お願いします」という、あなたの一方的な都合(Take)だけが書かれている。 厳しい言い方になるが、これは見ず知らずの人に「あなたの時間を少し私にください。対価は払いませんが」と言っているのと同じくらい、傲慢な態度なのだ。
患者さんは敏感だ。 言葉にはしなくても、そのPOPから滲み出る「自分のことしか考えていない空気」を、無意識に感じ取っている。 「ああ、また何か売り込まれるのかな」 そう思わせてしまった時点で、もう信頼の貯金は目減りしている。
そして、この「思考停止」こそが、あなたが最も恐れている事態を引き寄せる。
もし、明日あなたが本当に倒れたら。 その時、あなたの手元にある、義理で登録してくれた数少ないLINEリストは、あなたを助けてくれるだろうか?
ベッドの上から、「すみません、しばらく休診します」と一斉送信する。 返ってくるのは、「お大事に」というスタンプが数件。それで終わりだ。 彼らは、あなたの「施術」が受けられないなら、他の治療院を探すだけだ。
当然だろう。 あなたは彼らに、「施術以外の価値」を何一つ提供してこなかったのだから。
ただ「登録して」とお願いだけして、その先にどんな未来があるのか、どんな安心が得られるのかを、一切示してこなかったのだから。
あのカウンターの隅で、空気のように存在感を失っているPOP。 あれは、「あなたが動けなくなった時、患者さんとの縁が完全に切れるかどうか」を決定づける、運命の分かれ道そのものだ。
では、どうすればいいのか? 答えは、あなたが普段、患者さんにしていることの中にある。
本来、あそこに置くべきは、デジタル賽銭箱のような「お願い」ではない。 患者さんが、忙しい足を止めてでも、喜んでスマホを取り出したくなるような「提案(Give)」であるはずだ。
例えば、こんな言葉が書かれていたらどうだろう。
「痛みがぶり返すのが怖いあなたへ。 私が寝ている間も、あなたの腰を守り続ける『お守り(セルフケア動画)』を、 今すぐスマホに入れて帰ってください」
もし、そんなオファーが書かれていたら。 患者さんは、「え、先生、そんなことまでしてくれるの?」と驚き、感謝しながらQRコードを読み込むだろう。
その瞬間、彼らのスマホの中に、あなたの「分身」が入り込む。
あなたが休んでいても、入院していても、その動画の中であなたは患者さんに語りかけ、ケアをし続ける。 そうやって築かれた「感謝の繋がり(リスト)」だけが、あなたが肉体を酷使できなくなった後も、あなたと家族の生活を支える命綱になるのだ。
もう一度、静まり返った院内で、あのPOPを見つめ直してほしい。
そこに書かれている言葉は、誰のためのものだろうか。 あなたの不安を埋めるための「お願い(Take)」か。 それとも、患者さんの不安を取り除くための「愛(Give)」か。
その紙切れ一枚に、あなたの治療家としての姿勢と、未来のすべてが透けて見えている。
もし、冒頭の問いかけに、胸を張って答えられないのなら。 そのPOPは、今すぐ破り捨てた方がいい。 何も置かない方が、まだ患者さんに対して誠実かもしれないのだから。
だが、もしあなたが「患者さんを守り抜きたい」と本気で願うなら。 明日、そのPOPを書き換えることから、あなたの新しい治療家人生が始まるはずだ。