台風の朝に思い知った、電話連絡網のもろさと、顧客リストという名の「命綱」の強さ。あなたが本当に築くべきだったのは、頑丈な店舗ではなく、切れない「つながり」でした。

2026/01/30
【指先の解決】 「送信完了」の画面と、温かい湯気

雨戸を叩く激しい風の音で目が覚めた。 時計を見ると、まだ朝の5時半だ。 窓の外は薄暗く、木々が大きく揺れている。 大型の台風が、予報通り直撃コースを進んでいるらしい。

昔の私なら、この瞬間、胃がキリキリと痛み出し、冷や汗が背中を伝っていたはずだ。 飛び起きるなり、予約台帳を引っ張り出し、片っ端から電話をかける「地獄の朝」が始まるからだ。

「あ、もしもし、〇〇治療院ですが……」 「本日は台風のため……ええ、はい、申し訳ありません」

朝の忙しい時間帯。電話に出てくれない患者さんもいる。 留守番電話に吹き込んでも、聞いてくれるかわからない。 「せっかく痛みを我慢して待っていたのに!」とお叱りを受けることもある。 何より怖いのは、連絡がつかない高齢の患者さんが、雨の中を歩いてきてしまうことだ。

受話器を握る手は震え、声は枯れる。 治療家としての誇りはそこになく、ただただ「電話連絡網」という脆い糸を必死に繋ぎ止めようとする、無力な自分がいるだけだった。

しかし、今の私は違う。

【通知の洪水】 顔を照らす「つながり」の光

激しい風の音を聞きながら、私は静かにリビングへ向かった。 温かいコーヒーを淹れ、マグカップを両手で包み込む。手の震えはない。

テーブルの上のスマホを手に取る。 私がやるべきことは、専門家が構築してくれた「仕組み」を使い、昨日用意した文章を送るだけだ。

『【重要なお知らせ】本日は台風の影響により、休診とさせていただきます。皆様の安全が何より大切です。どうか外出は控えてください』

タップ一回。 「送信」ボタンを押す。

所要時間、わずか10秒。 私の仕事は、それで終わりだ。

コーヒーを一口すする。 すると、嵐の轟音を打ち消すように、手元のスマホが軽快な音を奏で始めた。

「ピコン!」 「ピコン、ピコン!」

画面には、次々と通知がポップアップする。 『了解しました!』 『先生も気をつけてくださいね』 『落ち着いたらまた予約します』 『お大事にスタンプ』

数十人、いや、百人近い患者さんからの反応が、滝のように流れ込んでくる。

その画面を見つめながら、私は不覚にも涙が滲むのを感じた。 「楽ができたから」ではない。 「一人ではない」という、確かな実感があったからだ。

外は暴風雨で、物理的な道は閉ざされている。 私の院という「建物」には、今日は誰も近づけない。 けれど、私と患者さんの間にある「デジタルの道」は、何一つ遮断されていない。 むしろ、この嵐の中で、お互いの安否を気遣い合うことで、その絆はより太く、強固になっている。

その時、雷に打たれたような衝撃と共に、ある真実に気づいた。

【空っぽの城】 誰もいない施術室の虚無感

私が今まで必死に守ろうとしていた「城」とは、あのコンクリートの店舗のことではなかったのだ、と。

私たちは、立派な内装や、最新のベッド、そして一等地という立地に何千万円も投資する。 それが「資産」だと信じているからだ。 しかし、ひとたび災害が起きれば、あるいは私が病に倒れれば、その立派な箱モノは、ただの「空洞」になる。 誰も来なければ、家賃という名の負債を生み続けるだけの、巨大な金食い虫だ。

本当の資産とは何か。 それは、どんな嵐が来ようとも、私がベッドで寝たきりになろうとも、指先一つで繋がり、言葉を交わし、信頼を確認し合える「顧客リスト(命綱)」そのものだったのだ。

これを読んでいる先生に、どうしても問いたい。

もし明日、台風ではなく、あなた自身の体に「嵐」が来たらどうするだろうか。 脳梗塞、交通事故、あるいは極度の鬱。 あなたが動けなくなり、電話もかけられず、声も出せなくなったとき。

あなたの院の「電話連絡網」は、機能するだろうか? スタッフが一人ひとり電話をかけ、事情を説明し、離れていく患者さんを必死に引き止めることができるだろうか?

おそらく、無理だ。 電話が繋がらない間に、患者さんは他の院へ流れ、あなたのことなど忘れてしまうだろう。 それはあまりにも残酷だが、物理的な接触しか持っていなかった関係の末路だ。

けれど、もしあなたの手元に、LINEという名の「命綱」があったなら。 そして、そこに日頃から有益な情報を流し、信頼関係という「貯金」をしていたなら。

【嵐の後の決意】 光の中で握りしめる「命綱」

あなたが倒れたその日も、代行サービスの誰かが、あるいはあなたの指示を受けた家族が、一斉送信ボタンを押すだけでいい。 「院長は必ず戻ってきます。その間、ご自宅でできるケア動画を毎日配信します」

その一通が、患者さんを繋ぎ止める。 「先生が戻ってくるまで待つよ」という、奇跡のような言葉を引き出す。

今朝、嵐の中で鳴り止まない「ピコン!」という通知音を聞きながら、私は確信した。

私たちが本当に築くべきだったのは、雨風をしのぐ頑丈な屋根ではない。 どんな距離も、どんな時間も飛び越えて、患者さんのポケットの中に直接届く、この「見えないパイプライン」だったのだと。

「チャリン(売上)」という音は、今日食べるための糧だ。 でも、「ピコン(繋がり)」という音は、明日生き残るための命綱だ。

嵐が過ぎ去った後、空は嘘のように晴れ渡るだろう。 店舗の掃除をして、また明日から施術を始めればいい。

けれど、人生の嵐はいつ来るかわからない。 そして、それが過ぎ去った後、あなたの周りに誰もいなくなっていたとしたら?

その恐怖に備えるための準備は、今日、この晴れた日にしかできないのだから。

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