「毎日1万円をドブに捨てている」と気づいてないの? 9割の治療家がやっている、最ももったいない習慣がこれ。
深夜の治療院。 最後の一人のカルテを書き終え、ボールペンを置いた瞬間。
ふと、虚しさがこみ上げてくることはないだろうか。
「先生、おかげでだいぶ楽になりました!」 「先生に診てもらえて本当によかった」
患者さんの笑顔、感謝の言葉。 それが私たちの原動力だ。
そのために、私たちは週末のセミナーに通い、新しい手技を学び、解剖学書を読み漁る。 「もっと良い治療を」「もっと多くの人を救いたい」 その一心で、今日も自分の体を酷使する。
そうやって必死に学び続けるあなたの背中は、本当に美しい。 治療家としての誇りに満ちている。
だが、あえて残酷な真実を言わなければならない。
あなたは今、 「毎日1万円札を、シュレッダーにかけている」 かもしれない、という事実を。
「そんな馬鹿な。私は患者さんのために全力で向き合っている!」 そう反論したくなる気持ちは痛いほどわかる。
しかし、少しだけ冷静になって、今日の診療風景を思い出してほしい。
あなたは今日、患者さんにどんな「アドバイス」をしただろうか?
「〇〇さん、この痛みの原因は、普段の姿勢にありますよ」 「枕の高さは、タオル1枚分下げてください」 「お風呂上がりには、このストレッチを必ずやってくださいね」
これらの言葉は、ただの世間話ではない。 あなたが長年の臨床経験と、数百万円かけて学んだ知識から導き出した、 かけがえのない「価値(ダイヤの原石)」そのものだ。
患者さんが喉から手が出るほど知りたい、「痛みのない生活」へのチケットだ。
しかし、その貴重なチケットを、あなたは「無料」で配り続けている。 しかも、その場限りの「おしゃべり」として、空気中に霧散させている。
悲しいかな、患者さんが治療院のドアを出た瞬間、そのアドバイスの9割は風に消えていく。
「あれ、先生なんて言ってたっけ? まあいいか」
家に帰る頃には、ほとんど忘れ去られ、また悪い習慣に戻ってしまう。 そしてまた、痛みが出てから来院する。
これが、「毎日1万円をドブに捨てている」ということの正体だ。
あなたの「知識」と「経験」は、本来、それだけでお金をいただける価値がある。 いや、お金をいただいてでも「形」にして渡すべき、重要な処方箋だ。
しかし、なぜ多くの治療家はそれをしないのか? なぜ、自分の身を削る「施術」でしか対価を得ようとしないのか?
理由はシンプルだ。
あなたの能力が低いからではない。 時間が足りないからでもない。
あなたの手元に、知識を商品に変えるための「金型(フレームワーク)」がないからだ。
たい焼き屋を想像してみてほしい。 どれだけ美味しい「あんこ(知識)」を持っていても、それを流し込む「鉄板(金型)」を持っていなければ、いつまでたっても「たい焼き(商品)」は作れない。
ただ、あんこを手に持って、客に投げつけているようなものだ。 それでは売れないし、客も困る。
あなたは今、その状態に陥っていないだろうか?
「動画教材なんて作り方わからない」 「PDFなんて書いたことない」
そうやって諦めて、せっかくの最高級の「あんこ」を、毎日垂れ流してしまっている。
私たちは職人だ。 「先生の手じゃなきゃダメなんです」と言われることに、誇りを持っている。
しかし、その誇りの裏側で、確実に進行している病魔がある。
それは、 「あなたが倒れたら、その瞬間にすべてが瓦解する」 という、あまりにも脆弱な構造だ。
想像してみてほしい。
ある朝、目が覚めて、体が鉛のように動かない日を。 あるいは、不慮の事故で、その黄金の腕が使い物にならなくなる日を。
その時、あなたが毎日無料で配り続けてきた「口頭のアドバイス」は、一体何の役に立つだろうか?
何も、してくれない。 誰一人として、救ってはくれない。
あなたの自慢の腕は、ただの「動かない肉体」に変わる。 予約台帳に並んだ名前は、すべて「キャンセルの電話を入れなければならない相手」へと変わる。
あなたが寝込んでいるベッドの枕元で、スマホが鳴り続ける。
「先生、今日は開いてないんですか?」 「痛くてたまらないんです、なんとかしてください」
あなたは、その着信画面を見つめながら、絶望的な無力感に打ちひしがれることになる。
「私が動かなければ、1円も入らない」 「私が触れなければ、誰も治せない」
どれだけ感謝されても、どれだけ腕が良くても、 「金型」を持たない職人の末路は、あまりにも脆い。
あなたが作り上げたのは、繁盛する治療院ではない。 「あなたという動力源が止まれば即座に墜落する飛行機」だったのだ。
だが、希望はある。
本当に賢い治療家たちは、裏でこっそりと「金型」を手に入れている。
彼らは、自分の「体」を酷使しない。 いつもの診療中に話していることを、用意された「型」に流し込んでいるだけだ。
「ここを埋めるだけで、動画講座になりますよ」 「このテンプレートを使えば、PDFガイドブックが完成しますよ」
そうやって、消えていくはずだったアドバイスを、「自分の分身(資産)」に変えている。
これは「金儲け」のためではない。 「患者さんへの愛」だ。
「先生、家でどうすればいいですか?」
そう聞かれた時、口頭でさらっと説明して終わりにするのではなく、 「これを家で見てください」と、動画やガイドブック(処方箋)を手渡す。
驚くべきことに、患者さんはそれを喜ぶ。 「先生が家にいてくれるみたいで安心する」と。
そして、そのデジタルな商品は、院長が寝ている間も、家族と旅行に行っている間も、患者さんの痛みを和らげ、 そしてチャリン、と収益を生み出し続ける。
これは「手抜き」だろうか? いいや、これこそが本当の意味での「24時間体制の治療」だ。
そして何より、この仕組みこそが、あなた自身を救う唯一の命綱になる。
あなたがもし明日倒れても、あなたの分身である動画やテキストが、患者さんの元へ届く。 「先生は休んでいるけれど、ちゃんと私のことを気にかけてくれている」
その信頼は途切れない。 収入も、完全には途絶えない。
その安心感があるからこそ、あなたはゆっくりと休養し、また万全の状態で治療現場に戻ることができる。
今、自分の胸に手を当てて考えてみてほしい。
あなたが毎日、何気なく口にしているその言葉。 患者さんのために良かれと思って伝えているその知識。
それを「垂れ流す」のは、もう終わりにしよう。
あなたに必要なのは、新しい手技でも、根性でもない。 その知識を形にするための「金型(フレームワーク)」だけだ。
もし、その「型」さえあれば。 あなたのポケットの中にある「あんこ」は、明日からでも「商品」に変わる。
天井のシミを数えるような夜が来る前に、気づかなければならない。
あなたの知識は、ドブに捨てるためにあるのではない。 誰かを、そして何よりあなた自身を、救うためにあるのだから。