休診日の日曜日、深夜2時0分。寝静まった寝室で私のスマホが震え、画面に表示された「5,000円の入金通知」を見た瞬間、私が「治療家としての寿命」を克服したと確信した理由。
休診日の日曜日、深夜2時0分。 寝静まった寝室で、枕元のスマートフォンが短く震えた。
ブブッ。
その微かな振動音で目が覚めた私は、寝ぼけ眼をこすりながら、反射的に画面を覗き込んだ。 暗闇の中で、青白い光が私の顔を照らす。
通知画面には、見慣れないアプリからのメッセージが表示されていた。
「Stripe: ¥5,000の入金がありました(商品名:腰痛撃退・自宅ケア動画講座)」
一瞬、何のことか理解できなかった。 今日は日曜日だ。休診日だ。 私は今日一日、一度も白衣に袖を通していないし、誰の体にも触れていない。 家族とショッピングモールに出かけ、フードコートでうどんを食べ、子供とゲームセンターで遊んだだけだ。
それなのに、5,000円の売上が上がっている。
私が寝息を立てていた、まさにその瞬間に。
心臓がドクンと大きく跳ねた。 これは、夢ではない。 まぎれもない現実だ。
私はそっとベッドを抜け出し、リビングのソファに深く沈み込んだ。 スマホの画面をもう一度見つめる。 その小さな通知は、私の治療家人生における、静かで、しかし決定的な「革命」の狼煙だった。
正直に告白しよう。 私はつい最近まで、「自分の手を使わずに金を稼ぐ」ことを、どこか後ろめたく思っていた。
私たち治療家は、職人だ。 この手で患者さんの体に触れ、その痛みに直接向き合うことこそが、誠実さの証だと信じていた。
「動画販売? そんなの手抜きじゃないか」 「対面じゃないと責任が持てない」
そうやって、デジタルな世界を避けてきた。 いや、恐れていたのだ。 自分の技術が安っぽく扱われることを。
だが、そんな私のちっぽけなプライドは、ある残酷な現実の前に吹き飛んだ。
それは、私が過労で倒れ、1週間ほど入院した時のことだ。
病室のベッドの上で、私は天井を見上げながら、体の痛みよりも遥かに強い「恐怖」に震えていた。
私が倒れた瞬間、院の売上は止まった。
テナントの家賃。 リースの支払い。 スタッフの給料。 そして、家族の生活費。
通帳の残高が、カウントダウンのように減っていく幻覚。 冷や汗が止まらなかった。
「もし、このまま復帰できなかったら?」
私は思い知らされた。 私は、自分の体を担保に、あまりにも危険なギャンブルをしていたのだと。 私の治療家としての寿命は、私の肉体の限界と完全にイコールだったのだ。
退院後、私は必死で考えた。 「私が動けなくても、患者さんを救い、院を守る方法はないか?」
そうして、藁にもすがる思いで作り上げたのが、あの「自宅ケア動画講座」だった。
これは、私の施術の「代わり」ではない。 私の施術効果を、次回の来院まで持続させるための、自宅用の「処方箋」だ。
恐る恐る、患者さんに案内してみた。 すると、どうだろう。
「先生、予約が取れない時に不安だったんです。これがあれば安心です!」 「夜中に急に痛くなった時の『お守り』にします!」
私の予想を裏切り、感謝の言葉と共に、次々と購入されたのだ。
そして、今夜。 休診日の深夜に届いた、この5,000円の通知。
これは、単なるお金ではない。
これは、私が汗をかいていない時間に、誰かが私の「処方箋」によって救われたという「証拠」だ。 私の肉体が休んでいる間も、私の分身が患者さんの痛みに寄り添ったという「証明」だ。
私はスマホを握りしめたまま、暗いリビングで一人、安堵の涙を流した。
もう、あの底なしの恐怖に怯える必要はない。 この通知が鳴るたびに、私は確信するのだ。 「大丈夫、私の院は、私がいなくても機能し始めた」と。
先生、あなたに聞きたい。
あなたは今、かつての私のように、自分の肉体だけを頼りに戦っていないだろうか? 「自分が倒れたら終わり」という時限爆弾を抱えながら、無理をして笑っていないだろうか?
その責任感は素晴らしい。だが、それはあまりにも危うい。
あなたの持つ知識や経験は、あなたの肉体の中に閉じ込めておくには惜しすぎる。 それは、デジタルという形に変えることで、時間と場所を超えて、もっと多くの患者さんを救う「武器」になるのだ。
深夜の寝室で鳴る、小さな決済通知。 それが、あなたの治療家としての寿命を、永遠のものに変えてくれる。
私はその夜、スマホの画面の向こう側に、これまでのどんな施術よりも確かな「希望」と、プロとしての新しい「責任」の形を見た気がした。