まだ「ゴッドハンド」を目指して自分の体を酷使しているのですか? IT音痴で機械音痴の60代の先生でも、たった30分の「穴埋め作業」で、寝ている間に感謝される「第2の治療院」を作れてしまった嘘のような本当の話。
ズキズキと脈打つ右手の親指。 深夜の静寂に包まれたリビングで、私は冷えた缶ビールを額に押し当てながら、自分の手を見つめていた。
指紋が擦り切れて薄くなった、職人の手だ。 この手で何千人、いや何万人もの背中を押し、骨の軋みを正し、患者さんの「ありがとう」という言葉を糧に生きてきた。
私たちは、それを「勲章」だと教わってきたはずだ。 痛む腰、腱鞘炎で悲鳴を上げる手首、それでも現場に立ち続けることが美学だと。 いつか「ゴッドハンド」と呼ばれるその日まで、この身を捧げるのが治療家の本懐だと。
でも、今夜だけは、自分の親指が恐ろしく見えた。
最近、指先の感覚が鈍い日がある。 微細な筋硬結を探り当てるセンサーが、錆びつき始めているのを感じる。 加齢だ。認めたくはないが、確実に「その日」は近づいている。
もし明日、この親指が動かなくなったら?
その瞬間、私の治療院は「廃墟」になる。 予約表は白紙になり、スタッフへの給料は払えなくなり、家族を守る盾は失われる。 私たちが積み上げてきた信頼も、技術も、私が「現場」にいなければ1円の価値も生まない。
私たちは、経営者という名の「高度な肉体労働者」だ。 しかも、代わりのきかない、あまりにも脆い砂上の楼閣に立っている。
そんな底なしの不安に押しつぶされそうになっていた時、ある一人の先生に出会った。
仮にK先生と呼う。 彼は60代のベテラン治療家で、筋金入りの「アナログ人間」だった。 スマホのフリック入力すらままならず、連絡は基本電話。 パソコンのキーボードは、両手の人差し指だけで、まるで壊れ物を触るように恐る恐る叩く人だ。
「動画? デジタル? 無理無理。ワシには関係ない世界だよ」
最初、彼はそう言って笑い飛ばした。 ITなんて、若者がやるチャラチャラした金儲けの道具だ。 汗水流して患者さんに触れること以外、誠実さではない。そう信じ込んでいた。
だが、K先生もまた、私と同じ恐怖を抱えていた。 自身の体調不良で、休診日が増えていたのだ。
私は彼に、ある一枚の「魔法のシート」を手渡した。
「先生、難しいことは一切しないでください。ただ、この空欄を埋めるだけです」
それは、ITスキルなど一切不要の、思考停止で書ける「穴埋めテンプレート」だ。 書く内容は、彼が普段の診療中に、患者さんに向けて耳にタコができるほど繰り返している「口癖」だけ。
『お風呂上がりには必ずここを伸ばして』 『枕の高さはこれくらいにして』 『痛みが引かない時はこうして』
彼が何十年も言い続けてきた、しかし患者さんが家に着く頃には忘れてしまう「アドバイス」。 それを、そのシートに沿って整理し、スマホで自撮りしてもらった。 編集なんて凝ったことはしていない。ただ、寝癖も気にせず、患者さんへの思いを込めて、目の前のレンズに語りかけただけだ。
作業時間は、たったの30分。
「こんなものが売れるわけがない。患者さんに失礼じゃないか」 K先生はそう渋りながらも、私の「これは処方箋です」という言葉を信じ、来院した患者さんに案内した。
そして数日後。
日曜日の朝、K先生から電話がかかってきた。 受話器の向こうで、彼は興奮で声を震わせていた。
「おい……どうなってるんだ!?」
彼が目を覚ますと、枕元のスマホに見慣れない通知が入っていたという。 寝ている間に、3人がその動画を購入していたのだ。
金額にして数千円。 確かに、施術の売上に比べれば微々たるものかもしれない。
だが、K先生を打ち震わせたのは、金額ではなかった。 購入した患者さんから届いた、一通のメッセージだ。
『先生、昨日の夜、急に腰がピキッときて怖かったんですが、先生の動画を見ながら対処したら楽になりました。次の予約まで不安でしたが、これで「ポケットの中の主治医」ができました。ありがとうございます』
「ワシは……寝ていたんだぞ」
K先生は絞り出すように言った。
「ワシが布団で寝ている間に、ワシの言葉が、患者さんの痛みを救ったんだ」
その瞬間、彼の中で何かが劇的に変わった。
これは「情報商材」ではない。 これは「手抜き」でもない。
これは、彼の手が届かない場所、彼が動けない時間にも、患者さんを守り続ける「第2の治療院」なのだと。
彼は悟ったのだ。 自分の知識や経験を、自分の肉体の中にだけ閉じ込めておくことは、美徳などではない。 それは、救えるはずの患者さんを見捨てる「怠慢」なのだと。
今、K先生の院では、彼が休診の日でも、彼が旅行に行っている間でも、この「デジタルの分身」が働き続けている。 患者さんは自宅で正しいケアを学び、先生への信頼を深め、また笑顔で来院する。
パソコンが大嫌いだった60代の彼にできて、あなたにできないはずがない。
先生、あなたに聞きたい。
あなたはまだ、自分の肉体をすり減らすことだけで、責任を果たそうとするのですか? 「自分が倒れたら終わり」という時限爆弾を抱えたまま、ゴッドハンドという幻を追いかけ続けるのですか?
あなたの頭の中には、すでに莫大な資産が眠っている。 あなたが毎日、無意識に口にしているそのアドバイスこそが、患者さんが喉から手が出るほど欲しがっている「特効薬」なのだ。
それを形にするのに、高度なITスキルも、派手なマーケティングも必要ない。 必要なのは、ほんの少しの勇気と、正しい「設計図」だけだ。
深夜、痛み止めを飲んで電卓を叩くのはもう終わりにしよう。 あなたの知識は、あなたが眠っている間も、誰かを救い、そしてあなた自身を救う力を持っているのだから。